菅原文太さんに聞く~農文協通信 2013年夏号 (via genkideru)農業のことを知ろうと思うと、
気象、作物のルーツ、地理、歴史まで
知るべきことが広がっていく。宮崎安貞の「農業全書」には感心した。
書かれたのは江戸時代だから、当然旧暦だ。
実際に農業をやってみると、旧暦の方が合う。今は、商品価値を高めようと無理な早出しをしようとするが、
旧暦も参考にしながら適時適作を心がけている。戦前の宮城の田舎は旧暦でやっていたよ。
肥料つくりについても、「農業全書」を読むと、
俺の子供時代に見ていた農業と昔やっていたことが
ピッタリ合っていてうれしくなる。
わらや刈草、葉っぱの切れ端を混ぜて、
糞尿をかけて堆肥化するやり方なんてまったく同じだ。日本人の勤勉さも知恵も倫理観も
農業によって養われてきたんじゃないか。今の農業は科学に頼って頭を使わない。
農協に都合の良いやり方があって、
その通りにやりさえすればいいと思われている。
そうじゃない。「農業全書」の出版に尽力した本草学者の貝原益軒は序文に
「この本はわが国初の農書だが、
将来補正されることがあるかもしれない」と書いているし、
安貞自身も
「土地は東西によって異なり、作物や寒暖の相違のために、
本書の栽培法を用いようとしても適さないこともあるだろう。
自分の土地や気候に合ったやり方を自分で考えて、
自分流の農業を考えなさい。この本はそのためのヒントなんだ」と書いている。
本というのは創意工夫の起爆剤なんだな。俺が子どものころは、一軒一軒の農家の主が
肥料や種の種類、種の保存方法を考えていた。
村のみんながまったく同じ方法をとることはなかった。
自分というものをちゃんと作物に投影していた。